明日から12 月!

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貴船神社の紅葉も散っていたので、ラーメン屋さんに行く途中にあった仁和寺に行くことにしました。
ネットに紅葉が綺麗と書いてあった気がして・・・。
ちょっと散ってましたが、まだまだ見頃でした。
くぅちゃんを紅葉越しに1枚。
境内をいっぱいお散歩しましたぁ!
仁和寺もWiki。
仁和寺(にんなじ)は、京都府京都市右京区御室にある真言宗御室派総本山の寺院。
「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。
皇室とゆかりの深い寺で、「御室御所」と称された。
春の桜と秋の紅葉は有名。徒然草に登場する「仁和寺にある法師」の話は著名。
金堂をはじめ、数々の国宝があるそうですし、松や桜、庭などキッチリと手入れされているところも多く、かつとても広いのでさすが京都といった感じのお寺でした。
『関西1週間2009年ラーメン大賞』醤油部門1位になったお店ということで行ってみました。
仁和寺の近くなんですが、知らなければ絶対に行くことは出来ないお店です。
早速ラーメンとチャーハンのセットと餃子を注文。
鶏がら醤油+背脂の京都系のしょうゆ味。
さっぱりしてますが、しっかりとコクがあり美味しいです。
麺は中太ちぢれ麺で、モチモチした歯ごたえあり。
チャーシューは薄切りがたっぷりでこれまた美味しいんですが、「これで普通ならチャーシュー麺はどんだけ入っとんねん?」ってくらいボリュームたっぷり!
チャーハンはパラッとした感じではなく、悪く言えばちょっとベチャッと、良く言えばしっとりとした感じ。
でも具だくさんで私好みです。
餃子もパリッとしてて美味しかったです。
店員さんも感じが良かったし、いいお店です。
店から出た後、道を横断するために待っていると、ご主人が「くぅちゃんにっ」てバナナをくれました。
おかげでくぅちゃんはこの表情!
ありがとうございました。m(_ _)m
先日箕面で紅葉をゆっくり見られなかったので、リベンジということで京都に行くことにしました。
なんでも貴船神社が有名ってことで行ってみました。
一応ネットで調べるともう散り始めてるみたいなことが書いてありますが、どこが綺麗かを知らないのでとりあえず行くことに。
やっぱりほとんど散ってましたが、それはそれですごく雰囲気のある参道で森林浴できました。
それでもこんな木もあり。
くぅちゃんは外で秋を満喫!
一応『貴船神社』をWiki。
貴船神社は、京都府京都市左京区に鎮座する神社。
日本全国に約450社ある貴船神社の総本社。
水神である高龗神(たかおかみのかみ)を祀り、祈雨の神として信仰された。
絵馬が発祥の神社とも言われる。
縁結びの神としての信仰もある。

最近のネタをどうぞ!
●スカウトの実績評価を実施
阪神の定例オーナー報告会でドラフト会議の検証も行われました。
・各球団のリストと照らし合わせ、阪神がリストアップしていたか、そうじゃないか。
・阪神が獲得した選手に加え、どうしてこの選手をリストアップしたか、他球団はどんな選手を獲ったか。
などを比較したみたいです。
「2、3年保存して改めて検証するといい」的な意見があったそうで。
え? 今までやってなかったの?(--#
●セ・パ両リーグ誕生60周年記念のプロアマ対決
U-26NPB選抜1-1大学日本代表=九回規定引き分け @東京ドーム
・中田(日本ハム)は五回1死から左中間を破る鋭い打球を放ったが、一塁を回ったところで進塁を迷い、結局は単打。
さらに続く銀仁朗(西武)の右前打で一気に三塁を狙ったが、二塁をけったところで一瞬スピードが落ち、三塁で憤死。
客席から「えー」の声があったらしいですね。
・早大の豪腕ストッパー大石が、プロから絶賛。球速表示は140キロ台後半も、球威でプロをうならせたそうです。
こんなん獲って来て・・・。m(_ _)m
・試合前に並んで「礼!」
新井が喜んでましたね。「昔に戻ったみたいでした・・・」
●阪神09年ファン感謝デー
2008年北京五輪ソフトボール日本代表との対決があったそうですね。
ソフトボールのストレートってプロ野球選手でもなかなか打てないそうで・・・。
金本が振り逃げで出塁とか、鳥谷が投手・上野に強襲の内野安打とか。
鳥谷・・・・・・なんちゅう顔しとんねん。(^^;
●下柳が来季も矢野とのバッテリーを希望
監督が決めることと前置きした上で、「気心が知れてる矢野と組んで投げたいという気持ちはある。もちろん城島とも組むんだろうけどね」
城島とはダイエーで1年間プレーし、同じ長崎出身で現在も親交が深いそうですが、それでも矢野への思いを口にしました。
投げやすい状況で投げてほしいですね。下柳は2桁勝てなくてもいいと思いますが、1~2つ貯金してほしいですからね。
●オリックス・岡田監督が阪神・矢野の獲得調査
矢野について「そら魅力は感じてるよ。チャンスがあるならなあ」と話したそうで・・・。
これについては阪神が不快感を示しています。
気持ちはわかりますが、岡田監督も立場を考えたほうがいいですよね。


最近寒くなってきたので、昨年出産祝いに頂いた、コートというかジャケットというか・・・なんしか『上にはおるもん』を着せました。
おぉ~~! ピッタリ!
ちなみに去年はこんな感じ・・・。
朝に全国ネットの番組で『来来亭』の特集をやってたので、完全に「ラーメンの口」になってた私は帰りに箕面の魁力屋へ…。
(ちなみに、車ですぐのところに来来亭もあるんですけどね…。(^-^; )
このお店、餃子もちゃんと美味いです。(結構まずい店多いですもんね・・・)
さて前回、「京都系のラーメンは『味噌』が美味しくないから避けた」んですが、今回は敢えてチャレンジ。
(もしかしたら美味しいかもしれんし・・・)
というわけで、うちの奥さんが背脂醤油のねぎ大盛り、私が味噌の麺固めを注文。
覚悟を決めて、『味噌』を食べると・・・。
・・・
・・・
・・・
やっぱり美味しくない・・・。(--;
醤油が抜群に美味しかっただけにホンマに後悔しました。
うちの奥さんには「だからやめとけって言ったのに・・・。」と突き放され・・・(;;)
というわけで『○』にしてますがホンマは『◎』ですよっ!




















【入団時】】(日刊選手名鑑より)
※2008年春季キャンプでテスト入団の為、2年目の選手名鑑より
昨年2月に入団テストを受け、年棒3万ドルで育成契約。
キャンプ中に支配下登録され77試合出場。
年棒は7倍近い20万ドルに上がった。関本と三塁争い
【思い出】(一部Wikiより)
2008年2月に来日。阪神タイガースの春季キャンプにオヘイダと共にテスト生として参加し育成契約。
5月に支配下登録、一軍登録され、押出し死球で初打席初打点を記録。
内野守備、特に三塁は秀逸で『守備で魅せる』ことが出来る阪神では数少ない選手でした。
2009年はウェスタンリーグ最多安打(93)で首位打者(.358)だったものの、1軍ではパッとせず。
唯一、先頭打者HRを放った試合だけは輝きました。
ただ、27歳と若く、まだまだ伸びしろもあると思いますし、なんと言っても三塁守備が抜群です。
私の中では、来期の必要戦力なんですけどね・・・。
来期、他球団で活躍したりするんでしょうね・・・。
【入団時】】(日刊選手名鑑より)
今季最大の補強にして、メジャー通算89本塁打を誇る大砲。
05年に1試合3本塁打、06年には右打者史上初の7戦連続本塁打も放っている。
メジャー7年間で通算702試合出場、打率2割6分9厘、89本塁打、330打点。
林、桜井と右翼を争う
【思い出】(一部Wikiより)
2009年春季キャンプでは長打力、守備で高評価も、オープン戦で速球に対応できない弱点が露呈して打率.143・1本塁打。
しかし桜井や林もパッとせず、開幕後もスタメン出場を続けていたが、全く状態の上向く気配のないまま体調不良で登録抹消。
ここでズルズル引っ張ったのがV逸の原因とも言われました。
でも、年俸1億8000万円の外人を4月・5月で見切るのは難しいですけどね・・・。
二軍戦で一瞬好成績を残し一軍復帰したが、2試合無安打で再び二軍落ち。
ここで完全に構想外となり、阪神はブラゼルを獲得。
メンチは7月に夫人の出産に立ち会うため帰国しそのまま退団。
たぶん契約の関係で発表だけは11月になりました。
メンチはV逸の原因であることは間違いないですが、キャラは嫌いじゃなかったのになぁ・・・。
さて、獲得が決まったときのお約束の問題の答えは・・・
× メンチカツ
○ メンチ切る
『メンチ切る』が正解でしたぁ!
【入団時】(日刊選手名鑑より)
マリナーズ時代に同僚だった城島も太鼓判を押したお墨付き右腕。
メジャーでは通算53試合に登板し、主に中継ぎで2勝3敗の成績だったが、68回を投げ25四球と制球力は悪くない。
3Aでも安定した成績を残しており、先発要員として期待されている。
【思い出】(一部Wikiより)
2008年、1年目のシーズン序盤は先発も、試合中盤に打ち込まれるケースが目立ち二軍落ち。
「来季の契約は無いかな」と誰もが思っていたが、本職のリリーフに転向した途端、異常なほどテンポの良い投球で久保田の不調を埋め『JAF』を形成。
2009年は他の中継ぎ陣の調子が上がらない中、両リーグ最多の75試合に登板しジェフの外国人投手のシーズン最多登板記録に並んだ。
1試合2イニングを投げることも多く、中継ぎながら90イニングを投げ、防御率1.70、30ホールド、被打率は左右どちらも1割台と驚異的な成績をあげる。
ちなみに球児と揃って登板した試合は22連勝と全く負けを許さない方程式を築いた。
両年とも7回表に登板することが多く、ジェット風船を膨らますヒマが無い投手でした。
家庭の事情でアメリカ復帰を希望し退団。
この選手の代わりはなかなか務まらんよ・・・。
【入団時】】(日刊選手名鑑より)
星野監督が数年来、獲得を熱望したサイドスロー左腕。昨年は3Aラスベガスでリーグ最多の28セーブを記録した。
96年アトランタ五輪にオーストラリア代表で出場。最速150キロの速球派。強気の内角攻めが持ち味だ。セットアッパー、ストッパーどちらもOK
まぁ、ここまで看板に偽りの無い選手も珍しいですね。
【思い出】(一部Wikiより)
あまりにも多すぎて、何を書いていいかわかりません…。(ToT)
2002年オフ阪神タイガースに入団。
2003年当初はセットアッパーとしての起用も、抑え候補のポートの不調から抑えに配置転換。
スライダーとクロスファイヤーを武器に、52試合登板、防御率1.54、25セーブを挙げリーグ優勝に大貢献。
特にスライダーはホンマにえげつなく、左打者からは「背中からボールが入ってくる」と形容され、右打者には空振りしたボールが体に当たるなんてこともありました。
2004年にはアテネオリンピックのオーストラリア代表として出場し、日本代表を沈黙させる。
当時セットアッパーだった安藤も五輪に出場するため、岡田監督がリリーフとして育成したのが球児と久保田でした。
2005年はセットアッパーとして、球児、久保田と共にJFKを形成し優勝に貢献。
外国人選手年間最多登板数の日本記録となる75試合に登板。
2006年は手術の影響で開幕には間に合わなかったものの、5月末に復帰しいつも通り安定した成績をおさめる。
またオフには、メジャーからのオファーがあったものの阪神に残留。
2007年は60試合登坂で1勝2敗、防御率0.96というとんでもない成績。
2008年は勝負どころで痛打される場面が目立ち、防御率3.09。
ただこれもいいときのジェフとの比較で、普通に考えれば十分な成績でした。
2009年は左肩を痛めて登録と抹消を繰り返し、8月下旬に手術のため帰国。
そのまま退団となりました。
起用法に文句も言わず、年俸などの契約でもめたりせず、メジャーからオファーもチームメイトの引き留めとチームへの愛情から残留するなど、阪神を愛し、愛された選手でした。
願わくば、早く肩を治して阪神と再契約してほしい。
できるなら、引退試合もしてあげたい。
ホンマにそう思える選手でした。













































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